トランスナショナル象の道草記

海外駐在経験者による気ままなブログ

イギリスEU離脱と「ロシュの限界」

イギリスのEU離脱のニュースを聞いていて、ふと天体力学で言う「ロシュの限界」というのを思い出しました。
これは、大きさの異なる天体がある距離以下に接近すると小さい方が大きい方の潮汐力(引力によって歪むこと)により崩壊するというものです。実際には主星と伴星・衛星の間で起こる現象のようで、今回改めて調べてみると地球の半径の3倍以内に近づくと月が崩壊する計算とか。最初に知ったのは小学生の時に読んだSF読み物なんですが、変に記憶に残ってまして。
さて、一種のアナロジーではありますが、今回の離脱を巡る混乱はEUというか大陸とのさまざまなやり取りがイギリス社会にいかに深刻なストレスを与えていたかを露わにしました。また、国論が二分された以上にスコットランド独立論など、連合王国という枠組み自体が危機に瀕しており、それが実現してしまうとまるで社会的なロシュの限界現象に見えてしまいます。
ただ問題は、この場合の「主星」は果たしてEUなのかということです。実は、本当の主星はグローバル化なのではないでしょうか。今回の国民投票では移民の問題がクローズアップされたようですが、これは今に始まったことではなく、むしろ格差の拡大というか取り残され感が大きかったのではないかという感じがしています。グローバル化は一部の仕事で途方もない利益をもたらしますが、単純労働にとっては移民という直接的な形だけでなく製品・サービスの流通という間接的な形態でもより低所得国の人々と競争させられるわけですから。
そして、このことは比較的小規模のイギリスのみならず、EU自体や超大国だって主星でなく伴星化する可能性があると考えられます。


ところで、ロシュの限界を計算する際には、天体の結着性は一定(要するに重力のみで結合している)ことを前提としているそうな。実際は化学的な意味での結着性は個々の天体で異なります。

同じように、国というものも結着性にはばらつきがあり、外的要因への抵抗力も相当違うはずですね。その意味からは現在のUKというのはやはりリスキーと言わざるを得ません。日本人にとっては、「連合王国」という、システム自体が国の通称になっているというのはやはり違和感があります。土着性に欠けるというか。まあ、これはUSにも言えることなんですけどね。

国というか、社会の結着性はグローバル化だけでなく、少子高齢化とか地域間の格差拡大とか移民の増加とかで大きく変化していると感じます。言い換えれば、国によっては(多分多くの国では)統治のコストが大幅に上がっているということなんでしょう。この「統治コスト」というのは、国を見るうえで重要な指標になりうると思います。

 

ところで、「グローバル化」とは言いますが、これは単に伝播の速度が上がったということを指しているわけで、伝播されるのは地域間の差異(情報も含め)なんですね。思えば歴史は異なるものの交渉ともいえるんですが、この「差異」は次々に生産されるもので、決してボルツマン的な一様で静的な世界なんか来るわけがありません。そういう意味からは、しばらくは自己防衛の手立てを講じつつ、歴史のダイナミズムを楽しむのが正しい態度かなと思っています。