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トランスナショナル象の道草記

海外駐在経験者による気ままなブログ

プラットフォーム化の可能性と限界:品質保証の面から

日本史について書き散らす予定でしたが、畏友風観羽さんの最新ブログに触発されて少し書いてみます。

プラットフォーム化が全領域におよぶ近未来とその問題点について - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る

氏はデジタル化というかプラットフォーム化(この辺の概念も整理が必要か)の破壊的な影響の可能性について書いておられますが、多分実態として判断の根拠となっているであろうウーバーを例に考えて見ましょう。

ウーバーの「成功」にはいくつかの要因があるかと思いますが、第一には「遊んでいるリソースの活用」という点が大きい。最近話題になっているカーシェアなんかもそうですが、車って高価で、ある程度品質が保証され、かつスペースを取る割には使われている時間が短い。相当な社会的資源の浪費です。ですので、この資源の活用は大量の供給が期待できるという意味で安価に提供される。同時に、暇人(というか暇な時間)および小金を稼ぎたいという欲求の存在もあります。しかも、これがパートタイムでの供給で許されるというお気楽さが大きい。見逃せないのはモノとヒトがセットとなって供給されるという点でしょう。

第二は、参入障壁の低さ。必須である運転という技能は広く存在していますし、行先・経路の把握もナビゲーションシステムの普及で特殊技能ではなくなりつつあります。ロンドンのタクシー運転手の資格取得の厳しさは有名ですが、ほろびつつある世界なのかも知れません。

第三の点ですが、個人的にはこれが一番大きいと感じているんですが、既存の製品の品質に問題点があったのではということです。日本は相当いいとは思うんですが、世界的にはタクシーに乗るのはちょっと勇気がいる部分があります。値段交渉が始まるのは日常茶飯ですし、ぼろぼろの車両なんかも当たり前の世界です。日本でも明らかに認知症とわかるドライバーに当たったことがあります。考えたら見ず知らずの相手ですからそれだけリスクはありますし、アメリカなど国によってはタクシードライバーの社会的地位が低い(東欧のようにかえって高い国もありますが)ことも多い。ですので、ウーバーで供給されるサービスの質が多少低くても許されてしまうという面が強くあるんでしょう。

というのが一応のまとめですが、このような動きが社会全体に広がるのかには疑問があります。一番は、今も書いた品質の問題です。

筆者、現在自動車の重要保安部品を製造する会社に奉職しておりますが、その生産現場はここまでやるか、という世界です。そりゃ、不良率がいくら低くても、そのレアな不良に当たったカスタマーにとってはたまったものではないわけで、率ではなく不良が出ても(出さないのは難しいです)絶対に出荷しないという姿勢に徹しています。当然、人の育成と管理には相当なリソースをつぎ込んでいます。自動車のように生命にかかわる製品の製造にはウーバーのようなお気楽なしくみはなかなか入り込めないと感じます。

ウーバー的なシステムについても品質の面から多様化の動きがあるようで、国によっては価格を上げる代わりに品質保証を謳うサービスも登場しています。知っている例では値段は倍になっていますが、かなり人気のようです。また、ドライバーもユーザーも女性に限るという会社がTV紹介されていました。背景には報道されないウーバーの問題点(というか犯罪などのトラブル事例)が見えるがごとくです。

多分、このようなサービスのプラットフォームは多様化する方向にあるんでしょう。考えると、デジタル化の特徴としてセグメンテーションというか、細分化も得意でしたね。ということで、これからの方向を考える上で、デジタル化・プラットフォーム化の得手不得手を見切ることが大切と考える次第です。